大江千里『1234』が代表作となった理由

大江千里 1988年の代表作『1234』

現在はジャズピアニストとしてNYを拠点に活動を展開している大江千里(おおえ せんり)
近年のジャズオリエンテッドならも今という時代性を反映させてアップデートされていく作曲アプローチ、さらにそこには大江千里ゆえの詩的さも現在の作品で相変わらず重視されている。
昨年2023年リリースの最新作『Class of ’88』では特にそれがわかりやすかった。セルフカヴァーと共に今の大江千里ゆえの新曲、デビュー前の楽曲をプレイする一幕もあり、現在進行形の姿で大江千里というものを音に焼き付けた名作である。
面白かったのは『Class of ’88』の一つのモチーフになったのが、1988年リリースのオリジナルアルバム『1234』だったということ。これは僕には面白かった。
なお、『Class of ’88』についてのディープなインタビューはotonano「2023年5月号|特集 大江千里 Class of ’88」にて僕がたっぷり訊いているのでぜひ読んでいただきたい(登録すれば無料で購読できます)。

『1234』が今になって大江千里にとってここまで特別なアルバムになるとは正直思わなかった。
たしかに当時、日本ゴールドディスク大賞「THE BEST ALBUM OF THE YEAR(男性ソロ部門)」を受賞(ちなみに女性ソロ部門で受賞したのは松任谷由実『Delight Slight Light Kiss』で、大江千里は男ユーミン的な歌詞とも言われて話題となった)するなどセールス的にも成功したアルバムなのではあるが…。
初のボックスセット『Senri Premium』においても『1234』まででまとめられていたので、『1234』が節目になったという認識が千里さん自身にもあるということなんだろう。
『1234』は『AVEC』『OLYMPIC』と続いた大村雅朗のアレンジ路線の当時における集大成とも言えた(『HOMME』で復活)。
『1234』の後にリリースされたシングル「これから」はワンポイントで西本明、さらに12inchシングル『Power』では『未成年』『乳房』を手がけた清水信之がアレンジャーに返り咲く。
翌1989年には初のベストアルバム『Sloppy Joe』を発表(これを機に新録、リミックス含むベスト盤シリーズとなっていく)した後、新機軸たっぷりのオリジナルアルバム『redmonkey yellowfish』をリリース。
今思えば『redmonkey yellowfish』なりその次のNY録音『APOLLO』は新モード突入感があった。1991年にはかの「格好悪いふられ方」の大ヒットと、音楽活動でも俳優としても大活躍。
一般的な方々にとって大江千里の黄金期といえばこの時期が浮かぶだろう。

僕らコアファンからすると80年代の大江千里に駄作など皆無なのだが、その中で殊更に『1234』がフィーチャーされるようになった現在は意外である。
その更なる理由はアルバム収録曲の一曲でしかなかった「Rain」が、槇原敬之秦基博を筆頭に、盟友・渡辺美里『うたの木 彼のすきな歌』でカヴァーするなどして、今や大江千里の代表曲として知名度を上げたことが多い。
ちなみに『1234』リリース当時からたしかに「Rain」は名曲だったけれども、当時僕らにとって衝撃的だったのはその目まぐるしい転調の展開で、“なんだこれは!?”という驚きがあったのである。
その意味ではちょっと実験的な楽曲という向きもあり、ポップファンにはやられたーっ!的なそういうニンマリさのあった楽曲だった。
とはいえ、別に「Rain」が入っているから『1234』が名盤だなんて、そんな単純なことじゃないっていうのをここから解説していこう。

リリース当時話題になっていたのは、先行シングルにもなった「GLORY DAYS」で、フィジカル的なパワーもみなぎっていた前作『OLYMPIC』のムード、そしてラストナンバーだった「gloria」が予告編だったのだなという感想も抱いた。
そして「YOU」同様の超シンプルでインパクトたっぷりのイントロもまさに大江千里という感じだった。
つまりファンからするとこの時代の大江千里はもうとにかく絶好調! もう名曲だらけで間違いなし!っていうニューアルバムが届くと疑わなかったのである。
ちなみに初期の『WAKU WAKU』『Pleasure』はデビュー前に書かれた曲も多く、後の大江千里の歌詞のスタイルとは違うテイストも多い。
これが確立されるのが1985年の『未成年』であった。なおその後の『乳房』のジャケットはモノクロ写真、続く『AVEC』はカラー写真、『OLYMPIC』はカラー写真だったのに対して『1234』はモノクロ写真。
これは偶然ではなくて、モノクロ/カラーの相反するイメージを意識していたことをたしか『1234』リリース当時の何かのインタビューで語っていたのを僕は読んでいる。
つまり『OLYMPIC』の合わせ鏡みたいなところが『1234』にはある。

リリース当時、『1234』は非常に大胆な語彙やアレンジが多く、『OLYMPIC』よりもパワフルに踏み込んだ大江千里が堪能できる一枚だと思った。
例えば「平凡」って曲名も驚いたが、アコースティックギターのカッティングをここまで活かしたアレンジもこれまでになかった。
デーモン小暮閣下のコーラスが際立つ「ROLLING BOYS IN TOWN」もアッパーなアレンジにピコピコサウンドも混ぜてくる大村雅朗の遊び心も痛快だったが、その実験性が一気に爆発するのが「ハワイへ行きたい」
この曲名も聴く前はなんだこりゃ状態だったが、『OLYMPIC』収録「回転ちがいの夏休み」を一層押し進めた歌詞の内容で、液晶テレビなんて言葉を使っていることでも話題になった。
個人的には“日付線を超えた今朝 上着はいらない”とか“軽く言わないで この海の先は今日前線に入る”といったフレーズが衝撃的で衝撃的で…どうしたらこんなフレーズが思いつくんだろうと思ったものだ。

「ハワイへ行きたい」は最後の最後まで聴いていただきたいのだが、ブラスセクションの使い方もドライブギターサウンドも秀逸で、なおかつ本当に驚いたのはエンディング…それでいいの!?という突然のフレーズで終わるのである。
「サヴォタージュ」はシカゴの「SATURDAY IN THE PARK」っぽいテイストのピアノロックだが、ダンスステップを踏んでお酒を飲むようなイメージがある。
「ハワイへ行きたい」から一転、“東京で見た海は深いインクの色してた”でいきなり現実を直視させる鋭さが大江千里である。
“結婚もする 子供もつくる ありあまる情熱”のフレーズは当時高校男子でもガツーンときていたのだ。
「帰郷」も問題作。エキゾチックなメロディと美しいストリングス、ピアノが交錯するような…『OLYMPIC』でいえば「夏渡し」の衝撃に相当する。
“モスクワで セスナが降りた その晩ベランダで きみこう言った もう10年普通に生きて ここまで来たよと”“青森や佐世保や呉や 招かれない船が港に入る ここから10年 変わり果てても 心は動かない”といった描写といい、僕は今も「帰郷」の歌詞の真意を考える。
ちなみにロシアがウクライナへ軍事侵攻した時、RED WARRIORS「欲望のドア」(興味のある方はSHAKEさんの歌詞を読んでください)と共に脳裏に流れた音楽がこの「帰郷」だった。

続く「昼グリル」は変拍子まじりのメロディが楽しい楽曲で、『OLYMPIC』の楽曲であえて充てれば「贅沢なペイン」だろうか。MVでは伊勢丹や丸井の看板をモチーフにしているのも面白かった。
なお今回の『1234』のボックスセットには当時の日本武道館公演のライブ映像などと共にeZで披露されたMVも収録される。
「消えゆく想い」はどういうわけかアルバムの中では目立たないイメージだが、これぞ大江千里ミディアムスローの名曲! “さよなら 愛した人よ きみのような厳しさに もう逢うこともない”で締めるのは「Rain」のエピローグかもしれない。この女々しさが男らしさだ。
そしてアルバムは渡辺美里のガッツのあるコーラスも聴きどころの「ジェシオ’S BAR」で終わる。
「ジェシオ’S BAR」の歌詞も衝撃的で、“日曜日でも選挙は行かない”とか“足がでてる給料(ペイ)も 理屈じゃ解せない帳尻か”とか“組合つくろうか 裸足で踊ろうか”とか、“友達はなくせない 仕事も投げだせない 彼女にゃわからない GO GO GO”とか、当時の千里さんがノリにノッて、“どうだこのフレーズは!”とニンマリしたであろう最強の言葉が並んでいる。

大村雅朗のアレンジも痛快でパワフルなドラムサウンドにホーンセクション、ピアノ、佐橋佳幸のギターとジェイク・コンセプションのサックスバトルなど、演奏も実に聴き応えがたっぷりだ。
大江千里の歌声も絶好調で、シンガーとして最高潮を登り詰めた一枚って感じもする。…という上で、ここからさらに飛躍していっちゃうから凄いのだが。
先述の通り、さらに新たなアプローチを考えて何枚かシングルを作った後、清水信之と再タッグを組み『redmonkey yellowfish』という境地に達するわけだが、すごくパワフルなポパイ’s少年だけれども文学性やちょっと陰りもある感じが、当時の僕のようなローティーン男子の心をもわしづかみにしたのが大江千里であって、『未成年』『乳房』からの路線が一つのスタイルとして確立したのが『1234』と言えるのかもしれない。
ちなみに普通はカウントとして頭に出てくるのが『1234』という掛け声だと思うのだが、面白いのはラストナンバー「ジェシオ’S BAR」の最後の最後がこのカウントなのである。
僕としては通算7枚目の『1234』って枚数的に中途半端だし、その次の『redmonkey yellowfish』が80年代最後のオリジナルアルバムだし、これまた大傑作だし、『redmonkey yellowfish』を節目と長年思い込んできたところがあるが…ポップミュージックの歴史が『1234』を節目としたことに今さら異論を唱える気はない。
ただ、別に「Rain」が入っているから名盤だって、そんな単純なことじゃないっていうのはここに断言しておきたい(またしても言う)。

大江千里の『1234』のリイシューLPではクリアビニール盤が採用されている

さて、大江千里デビュー40周年アニヴァーサリー・プロジェクトの最終章として、『1234』がCDとアナログ盤で5月22日にリイシューされるのだ。
『Slappy Joe』と『1234』のアナログレコードは中古市場でも随分と高騰しているのでニーズはあるだろう(僕の知る限り、ゆうせん盤プロモで『redmonkey yellowfish』まではアナログレコードが存在しています)。
もちろん2024年最新リマスターが施されており、『Senri Premium』の時のリマスタリングも素晴らしかったのだが、今回もよりサウンドが鮮明になっているのかが個人的に非常に気になっている。
アナログレコードはオリジナルLP用のマスターからミキサーズラボの北村勝敏氏が最新カッティング、国内プレスのクリア(透明)盤での発売となる。
ジャケットはオリジナルLPとは異なるA式特殊加工仕様で完全生産限定盤となる…って僕みたいな人間は買わざるをえない。
通常盤CDと共にリリースされるSpecial Limited Editionは初商品化となるアルバム全曲のカラオケ盤(こんなマスターがあったのか!)、1988年に業界プロモーション用に作成されたパンフレット「MONOLOGUE SENRI OE」の復刻版、フォトグラファー大川直人氏撮影による当時の写真や大江千里最新セルライナーノーツなどを掲載した豪華ブックレット、「Rain」のボーナス映像を含む1989年7月1日の日本武道館公演を収録した『1234 SPECIAL』のBlu-rayディスクを収めた豪華BOXを予定しているという。
ちなみにコアファンからの要望としては、『1234』本編のボーナストラックでちょっと影の薄いシングル「これから」は入れてあげてもいいんじゃないかなって気がする。
「GLORY DAYS」のB面だった「ロマンス」のライブバージョン、「サヴォタージュ」のリミックスもありましたのでいかがでしょう?

以上、千里フォロワーの北村和孝の提言でした。

デビュー40周年アニヴァーサリー・プロジェクトの最終章は 1988年発表の名盤『1234』にフォーカス!|otonano by Sony Music Direct (Japan) Inc.
『1234』は最新JAZZアルバム『Class of '88』のモチーフとなった1988年にリリースされた大江千里7枚目のオリジナルアルバム。アルバムに先行してリリースされたヒット曲「GLORY DAYS」や後に多くにアーティストにカバーを...

 

【商品情報】大江千里『1234』 2024年5月22日発売

■CD「1234~Special Limited Edition~」
(完全生産限定盤/MHCL-30986) ¥9,900(税込)
*2CD+1BD+ブックレット2冊のBOX仕様
■CD「1234」(通常盤/MHCL-30989)¥2,750(税込) *1CD
■LP「1234」(完全生産限定盤/MHJL-329) ¥4,500(税込) *クリア(透明)盤

 

<収録予定曲>
Disc-1 CD『1 2 3 4』(通常盤CD/LPと共通)
1.「GLORY DAYS」
2.「平凡」
3.「ROLLING BOYS IN TOWN」
4.「Rain」
5.「ハワイへ行きたい」
6.「サヴォタージュ」
7.「帰郷」
8.「昼グリル」
9.「消えゆく想い」
10.「ジェシオ’S BAR」

Disc-2 CD『1 2 3 4』(オリジナル・カラオケ)*全曲初商品化
1.「GLORY DAYS」(オリジナル・カラオケ)
2.「平凡」(オリジナル・カラオケ)
3.「ROLLING BOYS IN TOWN」(オリジナル・カラオケ)
4.「Rain」(オリジナル・カラオケ)
5.「ハワイへ行きたい」(オリジナル・カラオケ)
6.「サヴォタージュ」(オリジナル・カラオケ)
7.「帰郷」(オリジナル・カラオケ)
8.「昼グリル」(オリジナル・カラオケ)
9.「消えゆく想い」(オリジナル・カラオケ)
10.「ジェシオ’S BAR」(オリジナル・カラオケ)

Disc-3 Blu-ray『1234 SPECIAL & MORE』
1.「GLORY DAYS」
2.「彼女によろしく」
3.「手垢のついたステイショナリー」
4.「ジェシオ’S BAR」
5.「サヴォタージュ」
6.「MAN ON THE EARTH」
7.「六甲GIRL」
8.「ハワイへ行きたい」
9.「平凡」
10.「昼グリル」
11.「真冬のランドリエ」
12.「REAL」
13.「YOU」
14.「コインローファーはえらばない」
15.「ROLLING BOYS IN TOWN」
16.「瞳きらきら」
17.「もう一度X’mas」

<ボーナス映像>
18.「Rain 」(at Nippon Budokan)*初商品化
19.「SENRI OE 1234 CONCERT TOUR SPOT」 15秒 *初商品化
20.「SENRI OE 1234 CONCERT TOUR SPOT」 30秒 *初商品化
21.「平凡」(MUSIC VIDEO From eZ)
22.「Rolling Boys in Town(アカペラ)」 (MUSIC VIDEO From eZ)
23.「帰郷(prologue)」 (MUSIC VIDEO From eZ)
24.「昼グリル」(MUSIC VIDEO From eZ)
25.「帰郷(epilogue)」 (MUSIC VIDEO From eZ)
26.「ジェシオ’s BAR」 (MUSIC VIDEO From eZ)

【予約特典】
■Sony Music Shop ・・・ オリジナルアクリルキーホルダー(CD盤のみ)
■楽天ブックス ・・・ オリジナル缶バッジ(CD盤のみ)
■Amazon.co.jp ・・・ メガジャケ
■セブンネットショッピング ・・・ 【CD完全生産限定盤】:トート型エコバッグ

【CD通常盤】:オリジナルアクリルコースター
■応援店 ・・・ オリジナルポストカード(CD盤/アナログ盤共通)
※いずれも先着特典となりますので無くなり次第終了となります。

*ご予約はこちらから↓
CD: https://lgp.lnk.to/p408md
LP: https://lgp.lnk.to/nJIsrT

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