コンパクトディスク(CD)と共に生きてきた音楽人生

渡辺美里『eyes』と大江千里『未成年』。最初のCD化の際はハコ帯だった。

コンパクトディスク(CD)レーザーディスクが普及し始めたのは僕が中学に入るくらいの頃だ。
非接触の再生メディアで半永久的に音質が変わらないといった触れ込みと共に、虹色に輝く鏡のようなディスクの広告には未来を感じた。
非接触っていう意味が当時は理解できていなかった気がするが、僕としては超伝導技術で線路などに接触せずに走行するリニアモーターカー同様に未来のものという感じがした。
当時CDラジカセやCDコンポがリーズナブルになってきて、僕も中学3年の時に初のCDラジカセを入手するが、とはいえそれまでCDは高嶺の花であった。
CDだけ買って友人にカセットテープに吹き込んでもらうのが常であり、なおかつ当時北浦和に住んでいた従兄弟のところに遊びに行っては、KENWOODのコンポで同様にカセットに落としてもらっていたのである。
そして、当時初めてコンパクトディスク(CD)の音を聴かせてもらったのもこの従兄弟のコンポであった。

従兄弟の家にはすでに数十枚CDがあって、そこにあったのが渡辺美里『eyes』なり大江千里『未成年』だった(あとあったのが飯島真理『コケティッシュブルー』竹内まりや『リクエスト』桑田佳祐『KEISUKE KUWATA』など)。
共に当然ながら箱帯の初回プレス。渡辺美里の『eyes』をかければ「SOMEWHERE」の美里の多重アカペラが透明感たっぷりに響きわたり、大江千里の『未成年』をかければ「REAL」のシンセサウンドがやはりノイズレスに飛び出してきて、レコードのようなヒスノイズも、カセットデッキにおける走行音もない、その音質に衝撃を受けるとともに新時代のサウンドを体感したのだと思ったものだ。
とはいえ当時のCDは音質的にはまだまだだと後でわかるわけだけれども、僕は渡辺 美里の『eyes』も大江 千里の『未成年』も市販のカセットテープで買って聴いていたので、音質云々は別としてCDのサウンドが違うものとして聴こえてきたのは事実である。
つまりはEPIC・ソニーは僕にCDの衝撃もプレゼントしてくれたわけだ。

YouTubeにあったのを貼ってみたものの、どちらも音質的には良くないな…YouTubeアップには音質的に限界があるのだろう。
渡辺美里『eyes』も大江千里『未成年』もそれぞれボックスセットの制作時のリマスタリングがかなり気合が入って好きだったのだけれど、さらにその後『eyes』はBlu-Spec CD2でアニバーサリーエディションが出て、大江千里の初期作品もやはり2013年のBlu-Spec CD2化の際にさらにリマスタリングしている。

 

これがボックスセットとはまた微妙に音が変わっているわけだが、どちらが良いかっていうのはもう個人の好みのレベルになってきた。
そういうのを聴き比べて楽しんでいる僕みたいな人間は全部ゲットしておかないと気が済まないのだが…。
AppleMusicにリッピングしたもので聴き比べてもその差はわかる。

隔週で買っていたFMステーション誌。掲載される写真はカセットテープサイズだったりして、エアチェックテープ作りの味方だった。

そもそも中学までフツーのラジカセしか持っていなかった僕は、FM雑誌でオンエアされる楽曲をいち早くチェックしてカセットテープに吹き込むことに命をかけていた。
TBSテレビのドラマ「スーパーポリス」で渡辺美里「I’m Free」がエンディングテーマだった際は、テレビの前にラジカセを置いて呼吸を止めて録音していたものだった(ライン録音という技術を知らなかった)。
あと当時のテレビはだいたい5時か6時スタートだったが、その1時間前から試験放送の意味だったのかわりと当時のヒット曲が流れていて、それを録音していたりしたものだった。
ラジオで特に流行りの曲のエアチェックで重宝していたのは、FM東京の土曜13:00から放送されていた「コーセー化粧品歌謡ベストテン」
ランクが落ちていくと独自に編集した1コーラス+ラスサビのショートバージョンが流れるので、それが流れると当時はハズレだと思っていたが、今となってはむしろそっちの音源の方が貴重だ。
今のラジオ局は旬のヒット曲を勝手にそんな編集をするなんてあり得ないだろうが、1時間番組でヒット曲をなるべくフルコーラス流したいというこだわりにおける仕方ない策だったのである。
当時の「コーセー化粧品歌謡ベストテン」は、いわゆるイントロの曲被せがなかったのが嬉しかった。
こうしたFMラジオの被せなし曲紹介も、1988年の首都圏FMラジオ開局ラッシュによって廃れていくこととなる。
さらにはFMラジオが増えたというのに、不思議なことにFM雑誌も廃刊の道をたどるのだ。
その代わりに台頭したのがアナログレコードから代替わりしたCD、それを録音するものとして君臨していたカセットテープはDATやMDへの変遷をたどり、さらにFMステーションがミュージシャンのホームページ紹介の記事を始めた当初はピンときていなかったが、情報ソースもインターネットへその主役は奪われていったのである。
僕の音楽生活においてこの変化は1983〜1993年というたったの10年の間に起きたものだけれど、振り返るととっても長い時間にも感じる。それくらいいろんな情報が濃かったのだ。

CDの音質についてピンキリだというのは比較的早く気づいたのだが、そのきっかけは村上春樹を読むようになって、「1973年のピンボール」がきっかけでビートルズの『ラバーソウル』のカセットテープを買っていたことだ。
当時初CD化された際の赤帯の『ラバーソウル』のCDを後に買ったのだが、モコモコした音で音圧も音量も小さくなんだこれは!?という音だった。
当時のビートルズのCDを買ってCDの音質はダメだと烙印を押した人はかなり多かったのではないか。
その意味ではわりと邦盤のCDは今思えば頑張っていた気がする。渡辺美里の『eyes』なり大江千里の『未成年』もCDで聴くメリットを感じるほどには良かったし、その後いろんな言質も取ってわかったのだけれど、国内のCDプレスのエンジニアたちはその時点で良い音になるようにと努めていたのだ。

 

海外はどういうわけかそこがいいかげんで製品化されてしまうところがわりと最近まであったのである…国民性の違いというべきなのかなんなのか…輸入盤のリマスター盤買ってきたらレベル上げすぎで音割れしていてなんだこのシカゴのCDは!みたいに激怒することが僕にはありました。

悲喜交々のCDではあったが、CDでこんな美しい音が再生できるのか!と当時衝撃を受けた作品がある。それが1988年リリース、土屋昌巳『HORIZON』だった。
冒頭の「仮面の夜」の緊張感ありつつも透明感溢れるサウンドは、それこそ渡辺美里の『eyes』なり大江千里の『未成年』のCD初体験の音以来の衝撃だった。
ちなみに当時リリースされた『HORIZON』はピクチャーCD仕様で、ようはCD盤面が自由にプリントできる技術が固まってきた時代になったということでもある。
2017年に土屋昌巳立ち合いの元、最新リマスタリングが『SOLO VOX -epic years-』で施されて、これが決定版の音になったなとは思うものの、実は1988年時点のものでも決して音は悪くない。
「風と砂と水と」でのアコースティックギターやシンセサイザーの調べとともに聴こえる風や水音の聡明さ、何より「ハチドリの夢」「Sihouette」「冬のバラ」「Diamond」の華麗さ…ニューウェーヴロックの一つの到達点だともった。
Qujila杉林恭雄の作詞、土屋昌巳の作曲、土屋昌巳と清水靖晃のアレンジ、プロデュース、そしてディレクターは福岡智彦…完璧な布陣。
一風堂〜土屋昌巳に駄作は皆無ですが、当時の中学生には最初こそよくわからなかったけれども、聴き込んでいくうちにこれは只者ではない!というのはわかった。

90年代以後、CD化は進みCD選書シリーズなどの廉価版でのリイシューなども盛んとなり、僕ら世代は旧譜も新譜も一緒くたに浴びるように聴けるようになった。
もっとも今はYouTubeやサブスクリプションなどで容易に音楽に出会えるようになっているわけだが、残念ながら音質面での感動を覚えるレベルまでにはいってなくて、僕などはやっぱりCDなりアナログレコードで聴くのがベストっていう価値観は揺るぎない。
アナログレコードブームもあり世の中的な評価はアナログレコード>CDという評価なのだろうが、リマスタリング技術が進んだこともあり近年のCDリリースはとても素晴らしいものが多い。
ソニーのBlu-SpecCD2を筆頭に各メーカーから高音質CDが出ていたり、かつては専用プレイヤーでしか聴けなかったソニーのSACDも今はハイブリッド盤になっていたりもする。
置く場所も必要になるしかさばるしなぜCDを買い続けるのか?をよく聞かれるが、日々リッピング生活をしている僕には便利なメディアなのだ。
ラジオ番組で必要になった際、AppleMusicでリッピングしておけばその音源が必要となった時にどこでもダウンロードできるっていうのも僕にはメリットだったりする。

それとCDの樹脂層に傷がついてアルミニウム層が酸化することで聴けなくなったとか、寿命がきたなんて騒ぎも他方では起きているが、わりと僕のCDではそんなことは起きてないし、かれこれ30年前のメディアがいまだ健在って考えると大したものだと思う。
むしろソフトよりもハードの方が先になくなるんだなっていうのを教えてくれた存在とも言える。
それで言ったら保存ということでいえばアナログレコードやカセットテープの方がもっとすごいってことになるわけだが、さすがに永遠のものでないとは言え、形のない音楽をちゃんと形として保存しておけるっていうのは僕にとっては極めて尊いものであり、インターネットに繋がないと聴けないという状態では不安だし、満足はできないのだ。
ハイレゾは別とすれば、今のところ手っ取り早く良い音で聴くならやはりCDは便利だし、僕のCD人生は死ぬまで続くのではないか。

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