「ヤマハ フラッグシップシンセサイザー新製品 発表会」と聞いた時の興奮がお分かりだろうか。
2001年より長きにわたってプロアマ問わず愛され続け、
当時の最高峰機種にして世界的スタンダードであった「MOTIF」シリーズに変わって
2016年に登場した「MONTAGE」。
「MOTIF」ではPCM系音源の「AWM2」音源を軸としていたが
「MONTAGE」ではヤマハのお家芸ともいえるFM音源の強化版「FM-X」と
改良を重ねた「AWM2」のハイブリッド音源に進化、
さらに「Super Knob」等のコントローラー群によるシンプルな操作で
高品質な音色の複雑かつ滑らかな連続変化を可能とした。
操作性の良さも相まって、まさに現代ヤマハシンセサイザーの最高峰である。
その「MONTAGE」の次を行くフラッグシップモデルの登場と聞けば、
キーボーディストであれば、誰しも期待せずには居られないだろう。
また、このような有観客での発表会はコロナ禍の影響により長らく行われておらず、
ヤマハとしてコロナ禍以後初のリアル開催となったことも感慨深かった。
2023年10月10日の発表会の様子とともに、その新製品についてレポートしたい。
新たなフラッグシップ、 ヤマハ ミュージックシンセサイザー 『MONTAGE M』シリーズ とは?
ステージ上に鎮座する、黒い布に包まれた3つの機体。
その布が恭しく取り除かれ、ついにその姿を表す。
クールなブラックの筐体に白い文字で「MONTAGE」
そして赤の差し色でモデルごとの「M6」「M7」「M8x」の文字が浮かぶ。
『MONTAGE M』シリーズの登場である。
↑ヤマハ ミュージックシンセサイザー『MONTAGE M6』 & リアパネル
↑ヤマハ ミュージックシンセサイザー『MONTAGE M7』 & リアパネル
↑ヤマハ ミュージックシンセサイザー『MONTAGE M8x』 & リアパネル
『MONTAGE M』シリーズ概要
『MONTAGE M』シリーズは、「MONTAGE」をさらに強化したシンセサイザーである。
音源システム「Motion Control Synthesis Engine」の核となる「ハイブリッド音源」は、
旧シリーズではアコースティック楽器のリアリティーを持つ「AWM2」音源とデジタルシンセならではの表現力を持つ「FM-X」音源であったが、
今回新たにアナログシンセサイザーの微細な振る舞いまでをすべてデジタルで完全再現したバーチャルアナログ音源「AN-X」が追加搭載された。
3つのサウンドエンジンで音の表現力が大幅に強化されている。
ユーザーインターフェース面でも大幅な改善が成され、
旧シリーズ同様、視認性・操作性に優れたタッチパネルを中央に配置した他、
新たにセカンド・ディスプレイを左上に配置。オシレーターやフィルター、エンベロープ・ジェネレーターなどシンセサイザーの重要なパラメーターに瞬時にアクセスできるようになり、素早いサウンドエディットを実現可能だ。
鍵盤タイプ・鍵盤数については3つのモデルがラインアップ。
中でも『MONTAGE M8x』には、ヤマハ初となる88鍵ポリフォニックアフタータッチ対応鍵盤が搭載される。
なお、このクールなブラックのカラーリングの理由は
海外の事情(教会演奏の需要)が大きく、黒や白など落ち着いたカラーリングが好まれているそうだ。
従来のMONTAGEに比べて、よりシャープな黒が際立っている。
アルマイト塗装という非常に耐久性のある塗装が施されているとのこと。
新開発のバーチャルアナログ音源「AN-X」搭載! 音の表現力を大幅に強化
MONTAGEシリーズの最大の特長である「Motion Control Synthesis Engine」は、
「ハイブリッド音源」と多彩なコントロールソースで複雑な音の連続変化を実現する「Motion Control」を組み合わせたトータル音源システムである。
今回この「ハイブリッド音源」に新たに追加されたのが
最大16音ポリフォニックのバーチャルアナログ音源「AN-X」。
オシレーター部を中心に、自由度の高いさまざまな変調や波形変形機能を持ち、
ビンテージサウンドからエッジの効いた過激なサウンドまで表現可能。
8オペレーター、最大128音ポリフォニックのFM音源「FM-X」。
最大256音ポリフォニックのPCM系音源「AWM2」はプリセットの内蔵波形を倍増。さらに1パートあたりに使用できるエレメント数が従来の8エレメントから128エレメントと大幅に増強し、より高精細なサウンドを実現。
そして「AN-X」。これら3つのサウンドエンジンで合計最大400音もの驚異的な同時発音数を実現する。
そしてこの「ハイブリッド音源」を複合的にコントロールする「Motion Control」については次項で紹介するが、この滑らかかつ心地よいサウンドの移り変わりは、ぜひ実機で体験して頂きたい。
ところで、
AWM2、FM-X、AN-X、と来たら
シンセサイザーファンならあの音源が気になるところ。
物理モデリング音源の「VA音源・VL音源」である。
VL-1でVA音源として登場した「物理モデリング音源」とは、
楽器の発音体や共鳴体などの物理的な動作を演算によって再現した音源である。
浅倉大介氏のリード音色としても大活躍しており、EX5 、MOTIF のプラグインボード等にも搭載されている。
物理モデリング音源の進化や搭載の可能性について伺ってみたところ、
やはりシンセファンにとって関心が高く、問い合わせも多い内容だそうだ。
しかし、モデリング技術についての基礎開発等は継続しているものの、現時点で発表出来る事は残念ながら無いとのこと。
更なる進化を期待したい。
Motion Control:サウンドに生き生きとした躍動感を与えるコントロール性
「Motion Control Synthesis Engine」のもう一つの核となる「Motion Control」。
コントローラーの操作によって幾重にも折り重ねられた音を滑らかに変化させることができ、
サウンドに生き生きとした躍動感を与えることが可能だ。
MONTAGE Mシリーズには多彩なコントロールソースがあるが、
特徴的なものとして「Super Knob(スーパーノブ)」と「Motion Sequencer(モーションシーケンサー)」が挙げられる。
旧『MONTAGE』で登場した特徴的なコントローラー「Super Knob」は『MONTAGE M』でも健在だ。
「Super Knob」は一度に最大280ものパラメーターをコントロールすることができるノブで、シンプルな操作でダイナミックな音変化が可能だ。
「Motion Sequencer」では、最大8+1系統(パート用8系統、Super Knob用1系統)のコントローラーによるパラメーターの変化を設定・再生可能で、演奏しながら多層的かつ複雑に音を変化させることができる。
この他、A/Dインプット端子に入力されるオーディオのビートを自動検出して「Motion Sequencer」等を同期させるAudio Beat Sync 機能、
オーディオ信号をソースにコントロール情報を生成するエンベロープフォロワー機能なども搭載。
多彩なコントロールソースを活用することでダイナミックな音変化を伴う演奏が可能となる。
上記に加え、KEYBOARD HOLD、PORTAMENTO専用コントロールや
最大5ゾーンのスイッチとしても使えるRIBBON CONTROLLERなど、
さらなるコントロール性能の向上が図られている。
ワークフローの効率化:プレイヤーの創造性を引き出すユーザーインターフェース
旧「MONTAGE」に引き続き、パネルの中央にはメイン画面となるタッチパネルを搭載しているのに加えて、新たにサブ画面「セカンド・ディスプレイ」が追加された。
新規搭載のセカンドディスプレイ(ノブの上方)
AN-Xのオシレーターやフィルター、FMフリークエンシー、オペレーターレベル、エフェクトパラメーターといったシンセサイザーの重要なパラメーターを表示し、瞬時にサウンドエディットが可能だ。
スライダーやノブに複数の機能が割り当てられるワークステーション系シンセの操作でありがちなのだが、
「今ここに何が割り当てられているのか」を見失う事が多々起こる。
パラメータを一瞬で把握できるこの改良は非常にありがたい。
サブ画面右には「PAGE JUMP」を配置。
サブ画面で選択中のパラメーターのより詳細な情報をメイン画面に瞬時に表示することが可能だ。
また、メイン画面下部の「ディスプレイノブ」や「NAVIGATION」ボタンの追加により、
音色選択から詳細なエディットまでを効率的にカバーしている。
「NAVIGATION」ボタンによる各機能へのアクセス速度向上は目を見張るものがあった。
また、あまり目立たない所ではあるのだが
「SHIFT」ボタンがパネルの左右に1つずつ、合計2つあるという点が非常に興味深い。
赤い枠で囲まれた部分が「SHIFT」ボタン。左写真はSuper Knob の下部、右写真はボタン群の手前側にある。
ワークステーションシンセのエディット上、これは物凄く有利な改善点と言える。
エディットの際にパネルの様々なボタンを使うのだが
SHIFTボタンを押しながら別のボタンを押すという操作が頻発する。
SHIFTボタンと目標のボタンの位置が離れていると、
操作のために鍵盤から手を離さざるを得なくなり、演奏しながらの操作が難しくなる。
機能にもよるが、本機では片手で演奏しながら、
もう片方の手でSHIFTボタンともう一つのボタンを押す…という操作がパネルの左右どちらでも可能だ。
この様な痒いところに手が届く改善が多数施されており、
ワークフローの効率化が徹底されている印象を受けた。
タッチの微妙なニュアンスを弾き分けられる高品位鍵盤
61鍵モデルの『MONTAGE M6』および76鍵モデルの『MONTAGE M7』には
高品位な鍵盤であるFSX鍵盤(チャンネルアフタータッチ対応)を搭載。
88鍵モデルの『MONTAGE M8x』には、新開発の「GEX鍵盤」を採用。
この新しい鍵盤は「ポリフォニックアフタータッチ」を実現している。
多くの鍵盤楽器で採用されている「チャンネルアフタータッチ」は
打鍵後の押し込みを鍵盤全体で感知するのだが
「ポリフォニックアフタータッチ」は
鍵盤一つひとつが独立して打鍵後の押し込みを検出する。
コードを押さえたままで、その中の1音だけ後から強く押し込んで表情を加えることも可能だ。
ストリングス系音色での演奏時にも重宝しそうである。
Expanded Softsynth Plugin (E.S.P.) :『MONTAGE M』の音源部全てを再現したソフトシンセサイザー(2024年より提供開始)
『MONTAGE M』の正規ユーザー向けに、『MONTAGE M』シリーズ のクローンソフトシンセイザー「EXPANDED SOFTSYNTH PLUGIN for MONTAGE M」が提供される(2024年より提供開始)。
DAWにハードウェアシンセサイザーを繋いで音源として使う時、従来のモデルだと
実機を繋がないと作業できない、ミックスダウンの際に各パートの再生時間をかけて音声を取り込まなければならない、などの制約があった。
クローンソフトである「EXPANDED SOFTSYNTH PLUGIN for MONTAGE M」を使用すれば、
本体がなくてもDAW上で『MONTAGE M』の音源が再生可能になり、
また音声ファイルも瞬時に書き出しが出来る。
ハードウェアのコントローラーありきの楽器として開発された『MONTAGE M』であるが、クローンソフトによって『MONTAGE M』が制作環境でシームレスに使用できるようになり、制作におけるワークフローがより改善する。
ダウンロード開始時期は、2024年初頭にv1.0(エディット機能に制限あり)を、同年夏以降にv2.0(フル機能版)を予定している。
なお、ソフト単品販売の予定はないとのこと。
浅倉大介氏によるトーク&パフォーマンス
いよいよ待ちに待った、浅倉大介氏の登場である。
タータンチェックのスーツに帽子、という秋らしいシックな出立ちだ。
終始穏やかな雰囲気でトークが続いた。
浅倉氏、『MONTAGE M』を語る!
まず『MONTAGE M』の第一印象について。
「『MONTAGE』って、僕の中で “行くとこ行っちゃったな” っていう、デジタルシンセサイザーの究極の形だったんですけど」
「今回この『M』シリーズになって、横に画面がついて、つまみがついて、
往年のつまみをたくさん回しましょうっていうアナログシンセサイザーの考え方が、この MONTAGE にドッキングしている所が僕は一番びっくりしました」
そして実演を交えながら、アナログライクな操作の魅力を語る。
「デジタルシンセは音色を呼び出して、ちょこっとつまみを回して、みたいな印象があるんですけど、やっぱりアナログシンセの楽しさってあるじゃないですか。音を出しながらつまみをいじっていたら音が気持ち良くなっていった、みたいな」
「ずーっと音を出したままつまみで操作できるのが魅力じゃないかと思います」
この他にも、
アナログシンセサイザーの温かみや揺らぎを忠実に再現しているパラメータ、
操作性を向上させる2箇所の「SHIFT」ボタン、
全体を俯瞰できるナビゲーション機能などの「迷子にならない」工夫、
浅倉氏のお気に入りの数々が笑顔で語られていく。
M8x の鍵盤に実装されたポリフォニックアフタータッチも実演された。
パッド音色で和音を押さえている中で特定の鍵盤のみを強く押し込むと、
メロディが伴奏から明確に分かれて浮かび上がる。
従来であれば2台の鍵盤が必要であった表現が1台で完結するのだ。
「片手だけ強く弾いたり、圧をかけたりとかすると、また新しい表現が出来る」と、GEX鍵盤の可能性が語られる。
MONTAGE M8x でポリフォニックアフタータッチを実演
「シンセを弾いているとリアルタイムで音に変化をつけたくなるんですけど、
例えばポルタメントみたいなものも全部ボタンに出てきたのは
僕みたいなプレイする人間には、とてもありがたい」
「今まで、音色を作る“プログラム”って“作業をする”っていうイメージだったんですけど、
“気づくと1時間触って遊んでた”みたいな時間が MONTAGE M で生まれたのが面白いと思いました」
『MONTAGE M』は、音源やコントローラーの機能等を追求した結果、
シンセサイザーの楽器としての楽しさをより実現した。
まさにシンセサイザーの “フラッグシップ” と言えるだろう。
『MONTAGE M』ライブパフォーマンス
いよいよ浅倉大介氏のパフォーマンスである。
演奏に使用したのは、舞台正面を向いている『MONTAGE M7』。
プロローグはアナログ感の強いパッド。
KEYBOARD HOLD ボタンの活用により和音が幾重にも重ねられて行き、分厚く重なったところでつまみを捻る。
音色が激しく変化し、次いでアルペジエイター、ドラムが顔を覗かせリズムが刻まれ始めた。
4つ打ちのEDMに乗せて浅倉氏のサウンドが舞う。
アルペジエイターをバックに、おそらくFM音源と思われる金属的な音色が
Super Knob によって激しくサウンドを変えていく!
リードプレイでも定番のピッチベンドやモジュレーションに加えて、Super Knob をはじめ各種つまみをアナログシンセの様にコントロール。
有機的な音色変化で会場を魅せ続けた。
テンポが早くなり、派手なストリングスのリフに変わる。
今度はAWM系のピアノ音色、さらにオルガン音色を選択し、激しめのプレイを展開。
壮大なオーケストラを思わせる様な分厚いシンセパッドでフィニッシュ! かと思いきや、それらが再び切り裂かれる様に金属的に歪んでいく。
劇的かつ音楽的な音色変化、そしてそれを実現するコントローラー群。
『MONTAGE M』の底力を存分に魅せたステージだった。
後に伺った所によると、
デモ演奏に向けて三つくらい音色を作られたそうだが、
全然時間が足りなかったらしく「本当にやり出したら三日くらいかかりますね(笑)」
とのことだった。
浅倉大介氏(中央)と、株式会社ヤマハミュージックジャパンLM営業部部長 田坂貴史氏(左)
『MONTAGE M』の発売は10月20日からとなる。
品名 | 品番 | 希望小売価格(税込) | 発売日 |
ヤマハ ミュージックシンセサイザー | MONTAGE M6 | 440,000円 | 10月20日(金) |
MONTAGE M7 | 473,000円 | ||
MONTAGE M8x | 517,000円 |
仕様の詳細はこちら
https://jp.yamaha.com/products/music_production/synthesizers/montagem/specs.html#product-tabs
フィンガードラムパッド「FGDP-50」&「FGDP-30」
「FGDP-50」(左)と「FGDP-30」(右)
発表会では『MONTAGE M』シリーズの他
既に発売されているフィンガードラムパッド「FGDP-50」「FGDP-30」も紹介された。
収録されている上昇音やシンセパーカッションは、浅倉氏のスタジオで「とんでもない名機」を使って作られたというエピソードも語られた。
こちらも要チェックだ。
品名 | 品番 | 希望小売価格(税込) | 発売日 |
ヤマハ フィンガードラムパッド | FGDP-50 | 39,600円 | 9月15日(金) |
FGDP-30 | 25,300円 |