斉藤由貴 名盤『水響曲』に見る美しくもせつない愛が溢れる世界。そして「斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』」

アルバム&Live DVD『水響曲』のクラシカルな美しき世界

斉藤由貴のアルバム『水響曲』

デビュー当時から斉藤由貴の曲のアレンジを手掛けてきた編曲家であり作曲家、プロデューサーの武部聡志と斉藤が二人三脚で作りあげた作品だ。2021年、斉藤のデビュー35周年を記念してリリースされた。

今の斉藤由貴にあった〝しつらえ〟で、これまでの名曲をアレンジしたもので、武部のピアノにストリングスが加わったシンプル、かつクラシカルな世界の美しさが強く心に響く。そこへ豊かな表現力で見事に歌い上げていく斉藤。まさに斉藤由貴ワールドだ。

今、こうして改めて『水響曲』を聴くと、斉藤由貴の歌の世界は大きな実りの時期を迎えているような、そんな気がしてくる。
デビュー当時の彼女の歌声のまま、止まっている人には、ぜひこの作品を聴いて、そして映像でも観てほしい。

『水響曲』のライブ映像もリリースされているが、こちらもまたとても素晴らしい。
武部のピアノの音色がイントロを奏でると、その瞬間に斉藤の表情がパッと変わる。彼女の場合は〝憑依〟というよりも、〝演じる〟という言葉がふさわしいかもしれない。

〝女優歌唱〟と自分のことをそう呼ぶ斉藤がマイクにひとたび向かえば、聴き手の目の前に1曲1曲それぞれの物語が瞬く間に広がっていく。

『水響曲』の映像に収められているビルボードライブ東京で見せた序盤の「情熱」の艶っぽさには思わず息をのんだ。

この曲はもともと映画の主題歌であり、筒美京平×松本隆のゴールデンコンビによる斉藤由貴三部作(「卒業」「初戀」「情熱」)の3作目にあたる。
三部作の中でも、特にこの「情熱」を歌う最近の斉藤の表現力には圧倒される。さまざまな経験を重ね大人になった斉藤が歌う情念のような熱い想い。そして私たち聴き手もまた歳を重ね、そうして耳を傾ける「情熱」は、きっと互いに当時とは違った世界を見せているのではないだろうか。

好きになってはいけない人を好きになってしまった、そんなやり場のない気持ちを、崩れ落ちるようにして歌う斉藤のパフォーマンス。エモーショナルなアレンジに誘われて、斉藤の歌声が艶っぽく大人の色っぽさで魅せる。
〝色っぽさ〟といってしまうと、少し語弊があるのかもしれない…。どんなに色っぽさや艶っぽく歌い上げても、斉藤由貴にはどこか気品があり、けっしてその辺の安っぽい色気にはならない。心の中に凜とした芯を持ち、気高さという佇まいを纏う。魂の純度が高い精神性を感じさせ、神聖な面を覗かせる、それこそが斉藤由貴のすごさなのだと常々思っている。

斉藤は常に〝自分は歌がうまい方ではない〟と口にするが、武部はそれを受けて斉藤の歌声を〝究極の不安定〟と評する。

何もピッチ通り完璧に歌うことが歌の上手さではないと私も個人的に思う。
歌を上手く唄うことにこだわるのならば極端な話、ボーカロイドでいいわけで、歌の味や個性、表現力のほうがずっと大切ではないだろうか。独特な揺れを持つ斉藤由貴の歌声は、それが曲の主人公たちの心情を繊細に表現できる大きな鍵でもある。
そうした意味においても、歌手としてとても稀な存在だ。

ビルボード東京では、アルバムでも最後を飾った「さよなら」をアンコールとして披露。

この曲はストリングスもなく、武部のピアノと二人だけの世界。

この美しさ・・・

透き通るような「愛」を、斉藤がせつせつと歌い上げていく。この曲は『水響曲』の中でも唯一、斉藤由貴が手掛けた作詞曲だ。

「さよなら」 そんな言葉この世に
決してないと思う
「さよなら」 今 言われてもきっと
ずっと好きでいられる
「さよなら」/斉藤由貴

最後のサビで、歌詞の文末を吐息のように、そっと置くように歌う斉藤由貴が好きだ。その繊細すぎるほど繊細な表現ができる歌手が今、どれほど存在するだろうか。

そしてアルバムにも、こうした少し不安定に揺れる歌声と、吐息のような最後のフレーズの歌声を武部聡志はそのままに採用し、収録。
斉藤由貴の歌唱や魅力を誰よりも理解しているからこそできることであり、このアルバムが武部聡志だからこそ出来た作品だと証明された1曲となっているように思う。

武部聡志のピアノとアレンジが心から愛情を持って斉藤由貴を包み、それに呼応するかのように今の斉藤由貴が満開の花を咲かせて見せる。歌手・斉藤由貴の新しい幕開けのようにも感じられた名盤と言っていい。

武部聡志が音楽をどれほどまでに大切にし、愛してやまない音楽家であるか・・・

私たちはこれまで、斉藤由貴の曲以外のところでもたくさんの武部作品に触れてきたはずだ。そんな武部サウンドは常にそこに愛を持って、楽曲を丁寧に作りあげてきたことを私たちはこの耳で、心で知っている。
今作は斉藤由貴の軌跡だけでなく、そうした武部聡志という素晴らしい音楽家の軌跡と優しさが詰まった作品でもある。

斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』

さて、前置きが長くなったが、そんな斉藤由貴と武部聡志によるツーショットのスタジオライブがU-NEXTで配信となった。タイトルは「斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』」

斉藤と武部が二人きりでスタジオで披露するライブとトークはとても贅沢なものだった。

斉藤と武部の好きな漢字を組み合わせて作られた〝水響曲〟という造語はアルバムタイトルを超え、「二人の音楽ユニットのよう」と武部は語る。

この日の1曲目は「MAY」。いわずもがな斉藤の代表曲だ。

いつも私 あなたを喜ばせたい
なのに この夢から出られない
少しうつむいて 微笑むだけ…

だけど好きよ
好きよ好きよ誰よりも好きよ
世界がふるえるほどに いつか
大きな声で告げるわ
「MAY」/斉藤由貴

このフレーズのせつなさ・・・。

斉藤はこの曲について以下のように語っている。

〝内気で表てに出せない主人公の気持ちを描きつつも、心に熱いたぎるものを持っていて、好きで好きで好きで…どうかそれを言わせてほしいという震える気持ち。
昔はそんな風には歌ってなかったと思うけれど、今は、どうか好きと言わせてくださいという気持ちで歌っている。
(そうした歌い方も想いも)十年、二十年…と歳を重ねて歌ってきた中で獲得していった感じがする。曲がそうして醸成されていくということってあるんだなと思った〟

そうした気持ちが〝好きよ〟の繰り返しから伝わってきて、あまりのせつなさに涙が止まらなくなる。

歌詞の中に出てくる〝鳥カゴを壊して〟〝この夢から出られない〟という言葉も重く心にのしかかる。
この曲がリリーされた1989年には、子供すぎて深く考えることもなかったが、大人になればなるほど自由になる反面、重い荷物を抱えて雁字搦めになってしまう・・・と、ふとそんなことを思ってしまう。
ここから出られない、ここから離れられないという重い荷物を背負う日々、本当なら何もかもすべてを捨ててあなたの元へ行きたくて、こんなにも気持ちは駆け出しているのに…と。それなのに、どうしてもこの鳥かごという現実から出られない…。抗えないものの中で生きざるを得ず、「好き」だけでは走れない現実に葛藤することの多い今、大人になった私たちの「May」が心に迫る。
今の「MAY」を歌う斉藤の声にも、そうした大人の顔が見え隠れする。

今回のスタジオライブも素晴らしいテイクだった。

ストリーミングライブで見せたカバー曲
「木綿のハンカチーフ」と「春よこい」

この配信ライブは、斉藤由貴の代表曲は「MAY」のみにとどめ、ほかには隠れた名曲、そしてカバー曲を中心に構成。

あまりライブでも歌われてこなかった「青春」は必見、必聴であり、「夢の中へ」も崎谷健次郎のリズミックなアレンジを武部流に見事にアレンジ。斉藤のふわりとした歌声に、優しさを感じさせるようなピアノのメロディーとリズムが見事にマッチしていた。

そして特に今回、印象的だったのが2曲のカバー曲だ。
まずは「木綿のハンカチーフ」。この曲のピアノアレンジも素敵だったが、斉藤由貴の歌声がこの曲にあまりにもぴったりで驚いた。斉藤由貴の〝まぁるい〟歌声が澄み渡るようで新鮮な息吹きを吹き込んだ。

そしてラストの曲として選ばれたのがユーミンの「春よ、来い」。ユーミンの世界とはまったく違った春の世界を描き出す斉藤由貴。ピアノの音も斉藤の歌声もどこか儚げで、水が静かに緩やかに流れていくようでもあり、今にも消えてしまいそうでもあり、今にもどこかへ行ってしまいそうで…そんな憂いのようなものを持っていた。斉藤由貴のどこか神聖な響きの歌声と、鋭い感性が光るカバーとなった。

この配信ライブは3月6日(22:00)までアーカイブが残されているのでU-NEXTでぜひ見逃し配信にてお楽しみいただきたい。

また今回、『水響曲・春』というタイトルだけに、春の次のシーズンの訪れに期待が膨らむ。ぜひ四季折々の曲たちが揃ったときには、映像パッケージで見たい。そのくらい貴重な曲が満載で、素晴らしいライブだった。

そして来年、斉藤由貴は40周年を迎える。
どのようなライブを見せてくれるだろうか。

『水響曲』の世界が大好きな筆者は、ぜひ周年にも二人の共演が見たい。
クラシカルな音楽は今の斉藤由貴にぴったりで、斉藤由貴の輪郭をくっきりと見事に描きだす魔法のような世界にも感じる。ぜひスペシャルな周年を期待したい。そして春夏秋冬、この配信ライブが続いていきますようにと心から祈りたい。

タイトルとURLをコピーしました