2025年11月30日、東京・日本橋の地下空間に、音楽を愛する人々が静かに集まった。
この夜開催されたのは、世界各地で親しまれているライブイベント「Sofar Sounds」だ。
「Sofar Sounds」は、出演者も会場も直前まで明かされず、携帯電話の使用は控え、私語を慎み、最初から最後までその場に滞在するというイベントだ。
オフィス、カフェ、バー、リビングルーム、屋上など、一般的なライブハウスとは異なる環境で、音楽そのものと向き合うことを大切にしたこのイベントは、いまや世界各都市へと広がっている。
この夜の会場は、日本橋にある B by The Brooklyn Brewery。
普段は別の顔を持つ地下空間が、一夜限りで音楽の場へと変わった様子をレポートしよう。
B by The Brooklyn Brewery
B by The Brooklyn Breweryは、
ブルックリン・ブルワリーの
世界初となるフラッグシップ店。
ビールづくりの町
ニューヨーク・ブルックリンの
傑作クラフトビールを楽しむことができる。
築100年近い歴史的建造物を
改装したこの空間。
約20メートルのバーカウンターが伸び、秘密基地のような雰囲気。
スピーカーは
こだわりのタグチクラフテック製。
素晴らしい音質だ。
会場入り口には待機列ができており、
オープン後にはたくさんのリスナーが。
ライブレポート & インタビュー
GoodMoon
この日のトップバッターを務めたのは、兄・Kimitaro と弟・Tomojiro からなるオルタナティブ・アコギロック・ユニット、GoodMoon。
ステージに現れた瞬間から、2人ならではの独特の佇まいが漂う。
Tomojiro の足元にはバスドラ用ペダルの付いたキックパッドがセットされており、“アコギ×リズム”の2人編成だからこそ生まれる音の広がりを予感させる。
日本語と英語を織り交ぜた挨拶で「イベントが始まったばかりで固いかもしれないので、しっとりと始めます」と語り、静かに1曲目がスタート。
向かい合って奏でるギターのユニゾンは、兄のしっかりとしたコードバッキングと弟の繊細なアルペジオがほどよく絡み合い、会場の空気を柔らかく解きほぐしていく。
2曲目では一転、技術と遊び心が全面に現れる。
Kimitaroの安定したバッキングの上で、Tomojiro がフィンガーピッキングによるタッピングソロを披露。単なる伴奏ではなく、ソロギタリストとしても成立する高いスキルを持っていることが一瞬で伝わる。
サビでは、兄弟ならではのハモりが響き、その一致感は他のユニットでは作れない力を持っていた。
さらにTomojiroのスラップ気味のソロからKimitaroのメロディアスなソロへと渡す展開は、まるで会話のように親密で、GoodMoonの真骨頂ともいえるシーンだった。
「よかったらみんなの声を聴かせてください」と促すと、会場はコール&レスポンスへ。
ここでTomojiro の足元のキックパッドも本格的に動き始め、低音が加わることでサウンドが一気にバンドアンサンブルのような厚みを帯びる。
続く3曲目は、Kimitaro の渋みあるギターソロで幕を開けるしっとりとしたナンバー。
力強い歌詞と、それを支える兄弟ハモリの深さが印象的で、GoodMoon の“静”の魅力をしっかりと感じさせる一曲だ。
4曲目では、これまでの流れから一転してマイナーキーの世界へ。怪しげな空気と緊張感が漂い、他の楽曲とは違うアクセントとなっていた。
ラストの5曲目は再び向かい合ってのギターでスタート。
Tomojiroの複雑なバッキングに歌が乗り、サビではハイトーンボイスが炸裂。
ハモリではなくオクターブで重ねることで、より立体的なサウンドになり、インパクトは絶大。
自然と手拍子が起こり、観客が曲に吸い寄せられていくのがわかる。
そこにキックが重なり、Kimitaroの力強いギターソロが駆け抜ける。
大盛り上がりの会場は、トップバッターの兄弟に惜しみない拍手を贈った。
ライブ後インタビュー (Tomojiro)
──お2人で音楽活動を始めたきっかけを教えてください。
僕が高校を卒業したタイミングで、実は2人で一緒にイギリス、ロンドンに留学したんです。
その時すでに一緒に音楽もやっていたので、海外でやってみたいという思いがあって。
語学学校で英語を勉強しつつ、パブのオープンマイクや路上で音楽活動をしていた時期がありました。
──当時からアコースティックギターのスタイルだったのですか?
その時は、アコースティックギター2本でやるか、兄がエレキギターを弾いて僕がベースでやるか、結構色々とスタイルを悩んでいた時期でしたね。
でも、最終的に一番しっくりきたのが、2人でアコースティックギターでかっこいいギターリフを絡み合わせるスタイルだったんです。それが一番お客さんの反応も良くて。
元々僕がベースで兄がリードギターだったので、役割としては、僕はフィンガーピックングスタイルで低音やパーカッシブなギターを担当して、兄がエレキっぽいリードギターっぽい感じを弾くというスタイルができてきました。
──ギターとベース、どちらが最初でしたか?
ギターが最初で、途中でバンドを組む時に僕がベースをやって、兄がギターを担当するようになったんです。
──今日のソロ演奏、すごく渋かったですね。ブルースの影響も感じました。
もともとレッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョン・フルシアンテが好きで、それからジミー・ペイジとか、ギターにめちゃくちゃはまっていた時期に聴いていました。
多分、音がちょっとペンタトニック的というか。
──使用されているギターについても教えてください。
タカミネのギターです。メーカーさんから提供していただいている形で。
ピックアップを、マグネティックとピエゾ、つまりアコースティックギターっぽい音とエレキっぽい音を、手元で混ぜられるように特別に調整してもらっているんです。
バンド編成でも演奏することがあるので、純粋にアコースティックギターの音だけだと埋もれてしまったり、エフェクターのノリが悪かったりするんですよね。
だから、マグネティックピックアップも入れて、バンドにも対応できるように、大きいステージでもしっかり音が出るような音作りをしてもらっています。
Sugar Rich
外国人客がじわりと増え、会場の空気が一気に国際色を帯び始めたタイミングでステージに現れたのが、Sugar Rich。
普段は歌とアコースティックギターで活動している彼だが、この日はアイルランドから来日したギタリスト・パトリックをサポートに迎え、フェンダー・ストラトキャスター の抜けの良いトーンとともに登場した。
「今日はいい天気ですね。ステージもいい天気にします。」
そんな柔らかい一言からライブはスタート。
Sugar Rich とパトリックによる、シンプルながらも“芯”のあるコードのユニゾンが空気をすっと整えていく。
低音までしっかり届く彼の声は気取らず、どこか平熱の温度感を持ちながら、自然体で観客を掴んでいく。
1曲目では、パトリックのストラトから飛び出すハンマリングが絶妙に効いており、いかにも“ネイティブ”といったプレイが心地よいアクセントに。
続く2曲目では、Sugar Rich が上のレンジまで声を伸ばし、会場全体がゆるやかにこのイベントの空気へと馴染んでいく‥。
3曲目は「ロンドンで恋に落ちた曲」という紹介から一転、語りのようなラップ調のアプローチへ。
低めの声が落ち着いたグルーヴを生み、カフェで流れていても不思議ではないようなムードを漂わせる。
ミドルテンポの小気味よいギターソロに、改めて“アコギにストラトの組み合わせってやっぱり良いな”と思える瞬間だ。
歌の音程を少し外しても気にしない、そのラフさすら音楽として成立してしまう彼の世界観が魅力でもある。
4曲目ではシャッフルのリズムに乗せ、ストラトのハイレンジが軽やかに弾む。
日本ではあまり馴染みのない難しい音階を使ったメロディーラインで、「この曲のルーツは一体どこに?」と想像を掻き立てる。
MCで「さっき歌詞を忘れて、ロンドンで迷子になりそうでした」とひねりのあるジョークを放つ感じも実にイギリスらしく、ステージに自然と笑いが広がった。
ラストの5曲目は、小気味よいイントロから始まり、アコギの土台にストラトの透明感あるハーモニクスが響く。
シンプルな編成ながらも、2人だからこそ作れる余白と躍動があり、Sugar Rich の音楽性の幅をしっかりと見せてくれる締めくくりとなった。
ライブ後インタビュー
──ライブお疲れ様でした。
こちらこそありがとうございます。
──すごくナチュラルな感じが良いなと思いました。もう喋っているのと変わらない感じで。
本当ですか。ありがとうございます。もうちょっと音楽感があっても良いかもしれないですね。
そういう意味では、他の方をギター上手いな、と思って見ていたんですけど。
──でも逆に、それが良いなと思ったんです。音楽がすごく身近にあるのかなと。
ありがとうございます。
──ご自身ではどう捉えていますか?
自己セラピーみたいな感じで、音楽を通じて自分の気に食わないところとか、そういうのを探って、自己ヒーリングみたいな、そういう存在ですね。
僕にとって音楽は。それがもし伝わるのでしたら、すごく嬉しいです。
──自分に向けたものが多いんですね。
そうですね。一般的に結構、自己アピールする人が世の中には多いと思うんですよ。
で、僕はあんまりそういうのが好きじゃないんです。
馬鹿にするわけではないですけど、ちょっと横目で見て、指差してからかうような感じというか(笑)。
そういうところがあるんで、多分そういうのも作品に出ていると思います。
──結構ロックですね。
確かに、そういう意味ではロックかもしれないですね。
──ロックってそういうものだったのかなと。反抗的で、自分を通すというか。
そうですね。イギリスのユーモアとか、結構皮肉とか、世の中をそういう目で見る人が多分多いんで、僕も多分それを受け継いでるんだと思います。
大変ですけど(笑)。イギリス人が染み付いてるんですよね。
──日本にいたらあまり聞かないようなメロディーがけっこう出てきましたね。そういうのも、聴いてきた音楽の影響でしょうか?
多分そうですね。日本の音楽で言うと坂本龍一さんとか、イエロー・マジック・オーケストラとか、そういうところがかなり好きなんです。
そういうのも多分、ちょっと普通とは違う感じのメロディーやコード進行だと思うんで、僕はそういうのに惹かれますね。
──ちなみにイギリスのアーティストだと、どういう方が?
スティングとか、XTC、ブラーとか。
でも最終的には全てビートルズに始まると思っているんです。
多分ビートルズの、ジョン・レノンの、ちょっと馬鹿にされているのかよくわからないような歌い方がすごく好きなんで、そういう系譜をたどっていくのが好きですね。
──実はずっと、ビートルズ感を感じてました。
本当ですか。めちゃくちゃ嬉しいですね。少しでもそう感じていただけたなら。
「Blackbird」も今日聴けて、すごく感動しました。
──今日はイギリスにゆかりのある方が多かったですね。
そうですね。多分、僕が出ていて来てくださった方が多かったり、あと僕とは関係なくイギリス系の方もいらっしゃったりで。
もしかしたら、このイベント自体がイギリスでは結構知られているのかもしれないですね。
ありがたいです。
次回はもう少し日本語メインで行きたいと思います。
せっかく日本にいるので(笑)。
Eminata
イベントのラストを飾ったのは、弾き語りながらエピフォン・カジノを 武器にするシンガーソングライター・Eminata。
その一音一声に独特の深さと静かな広がりを宿すアーティストだ。
深く瞑想をするように目を閉じるEminata。1曲目はアカペラからのスタートだ。
日本語の歌声がなぜか不思議なほど安心感をもたらし、そのスモーキーな質感にカジノの柔らかな音色がよく馴染む。
遠い故郷を思い返すような余韻があり、「ベッドルームで作った私の歌」と語るように、極めてパーソナルで静謐な世界が広がっていった。
続く2曲目は、「海の方からきたEminataです」という言葉とともに披露されたナンバー。
「世界で一番好きな曲」と自作曲を掛け合わせたというアレンジで、どこか“あの曲”と思わせる印象的なギターリフが流れる。
ゆっくりとEminataの曲へシフトチェンジしていき、海の気配をまとった歌が広がる。
終盤でしっかりと名曲のフレーズへ帰還する流れは、まるで答え合わせのようであった。
MCでは「ソファーサウンズに出演するのは2回目。
インターナショナルな空気が東京に伝わって良い」と話し、イベントの雰囲気にしっかり寄り添っている姿が印象的だった。
3曲目は英語詞で、カジノのアルペジオが波のように寄せては返す。
スモーキーな歌声はどこかノラ・ジョーンズを思わせるが、静けさの奥に強い想いが宿り、その“芯”がEminata らしさを形づくっていた。
立ち上がる音色が、空間をゆっくり染めていく。
そしてラストの4曲目。「しっとり系が多かったので、明るく終わりましょう」という言葉とともに始まるギターのアルペジオ。
再び日本語で紡がれる歌に、サビでは力強いストロークが重なり、閉演にふさわしい前向きな風が吹き抜ける。
歌詞が必ずしもポジティブでなくても、Eminata の歌からは常に“前へ進んでいく光”のようなメッセージが感じられ、イベントの余韻を美しく締めくくった。
ライブ後インタビュー
──出身はどちらですか?
逗子です。
──それで海の方の出身なんですね。ご両親は?
父がイギリス生まれ、オーストラリア育ちで、母は日本人です。
──今日はイギリス系の方が多いですね。
そうなんですよ。Sugar Richさんとか、イギリス系の方が多いですね。
──GoodMoonのお2人もイギリスに留学していましたし。歌が英語と日本語、どちらもすごく自然ですよね。歌う時の歌いやすさとかは違いますか?
特になく、自然に出てくる感じです。
でも、テクニカルな話をすると、日本語の母音、「あいうえお」の中の「い」とかは伸ばしにくいっていうのはあるんですけど。
でも、それは英語も一緒ですね。
──黒いカジノがすごく良かったです。アコギじゃなくてカジノを使う理由は?音が好きだから?
かっこいいんですよね。
カジノはジョン・レノンがよく使っていたので、名前も「レノン」にしてるんです。
バンドセットでやる時に、やっぱりアコギじゃちょっと足りないじゃないですか。
ダイナミックさとか、音の圧力というか。やっぱりこれに慣れているので、大きいライブをする時はアコギとエレキと両方持ってくるんですけど、ちゃんとしたライブの時はエレキでやろうとしています。
──2曲目はビートルズの「Blackbird」ですよね。すごく良かったです。最後、元のフレーズに戻ってくるのがとても印象的でした。
そのレファレンスを読み取ってもらえるのが、めちゃくちゃ嬉しいです。
──海の方の出身ということで、演奏中もずっと海を感じていました。
本当ですか?
──それは意識しているんですか? それとも自然にそうなっている?
育った環境ですかね。
普段だったら裸足とかでやるんですけど、今日はちょっとそのまま海を持ってきました。
アイナさんへのインタビュー!
















