EPIC・ソニー百選 / 一風堂『LUNETIC MENU』

一風堂初のベストアルバム『LUNATIC MENU』。

多くのアラフィフ世代にとって、土屋昌巳(つちや まさみ)の存在を知ったのはローティーンだったのではないか。
一風堂のヒットシングル「すみれSeptember Love」のことはなんとなくいつのまにか耳にしていたが、はっきりとインパクトたっぷりの土屋昌巳の姿を眼に焼けつけたのはかのCX「夕焼けニャンニャン」ではなかったか。
あの頃の土屋昌巳はそれこそメディア的にも時の人で、夕ニャンではツッチーと呼ばれてホラー映画を紹介するコーナーをやっていたり、「さよならフォリナー」「TOKYO BALLET」を歌ったり、俳優としては映画『沙耶のいる透視図』に出演したりしていた。

アルバムとしてのリアルタイム体験はソロアルバム『TOKYO BALLET』で、僕はまずカセットテープを購入して愛聴していた。しかもそれはなぜか逆輸入の香港盤(今となってはレア…なぜか当時廉価版として存在した)で、ただでさえ音の悪い『TOKYO BALLET』をさらに悪い音質で聴かざるをえなかった。
ちなみにボーナストラックで「風石」を収めたCDの『TOKYO BALLET』の音質もイマイチだった。アナログレコードで聴くのが最高という『TOKYO BALLET』のアルバムの評価は、『土屋昌巳 SOLO VOX-epic years-』で本人立ち合いのもとでリマスタリングされるまで変わらなかった。

長らく唯一のCD化だった一風堂『LUNATIC MENU』。品番は35・8H-3。黒のハコ帯だった。

と、恨み節を書いてしまうのは僕ら世代はなかなか一風堂や土屋昌巳の音を聴くのに苦労したからだ。当時、一風堂で唯一CD化されていたのは、「すみれSeptember Love」のヒットを受けて作られた初のベストアルバム『Lunatic Menu』だけであった。オリジナルアルバムはレコードかカセットで入手するしかなかったが、当時中古市場で既に一風堂のレコードは高かった。
『Lunatic Menu』はその後CD選書シリーズ、そしてBEATFILEシリーズとリイシューされていくが、オリジナルアルバムのCD化は『MAGIC VOX 一風堂 ERA1980-1984』、その後のバラ売りアイテムを待たなくてはならなかった。
BEATFILEシリーズでソロアルバム『RICE MUSIC』が初CD化されたときや、1998年リリースの『Ippppu-Do, Masami Tsuchiya – Very Best』で初期シングルが一挙に初CD化されたときも狂喜したものだが、このようにちょっと後聴き世代にとって一風堂の音源には飢餓感しかない。当時なかなかレコードが揃えられなかった高校生としては、唯一のCD『Lunatic Menu』をひたすら聴くしかなかったのだ。
おかげで『Lunatic Menu』は今や脳内完全再生できるようになってしまったが、後に一風堂の音源を全て聴いた後ではなんとも微妙な選曲のベストアルバムだってことに気づく。「すみれSeptember Love」と他の楽曲との温度差が違いすぎるのだ。

とはいえ、シングルでは「ミステリアスナイト」「ラジオファンタジー」も「ふたりのシーズン」も入っているし、重要曲である「RADIO COSMOS」「ジャーマンロード」も入っている。
ポップとはいえ好セールスを記録した1stアルバム『NORMAL』っていう理由も大きかっただろうが、「I LOVE YOU」「電気人形」「ブラウン管の告白」が入っているのがどうもバランスが悪い気がした。
もっともレコード時代なので収録時間の問題もあっただろうが、「FUNK #9」とか「LISTEN TO ME」とか、次のベストアルバム『SOMETIMES』でフィーチャーされるとはいえ、「I NEED YOU」あたりも入れてくれたら全然イメージが違ったのになぁなどと思ったものだ。

一風堂の楽曲は初期のパンキッシュでポップなイメージから、日本初のハンザ録音となった画期的な2ndアルバム『REAL』より一層音楽性が濃く、歌詞の世界観も物語性が強くなっていった。
次の『RADIO FANTASY』、ラストアルバム『夜の蜃気楼』…驚くほどオリジナルアルバム一枚一枚のイメージも完成度も違う。
今思えば「すみれSeptember Love」の時点でベストアルバムだなんて、そもそもが無理な企画だったんじゃないかと思ってしまうわけであるが。
とはいえ、ローティーンの一風堂ファンに『Lunatic Menu』はただただありがたかったのは事実だ。

『Lunatic Menu』はまず見岳章によるソロピアノ「LUNATIC MENU」で幕が上がり、眠気眼で起きる朝のイメージから「すみれSeptember Love」へ繋がっていくイメージが生まれている。ただ、そこからは全く異なるイメージに突入。
当時レゲエビートが斬新だった「ミステリアスナイト」から、超ポップ路線の「I LOVE YOU」へ。さらにはホラー路線による激しい展開劇が聴きどころの「電気人形」でA面が終わる。

そしてB面は土屋 昌巳によるシャープなカッティングとソロプレイ、鈴木祥子さんのドラムの師匠だった故・藤井章司によるパワフルなドラミングが痛快の「ジャーマンロード」で始まる。
さらには仙波清彦の鼓をフィーチャーしたテクノナンバー「RADIO COSMOS」とインストナンバーが続くが、その先の「ふたりのシーズン」はゾンビーズのカヴァー。

エキゾチックなアレンジは当時ロキシーミュージックらがカヴァーしたらどんな感じになるだろう?というのを解析してアレンジしたという。
ブラウン管の告白も1stアルバム『NORMAL』のポップ路線で、見岳章のピアノソロから土屋昌巳のギターソロに流れるキャッチーな間奏も見事だ。

ちなみに江口寿史「ストップ!ひばりくん」で、ひばりくんが学園祭ライブでバンドをやるとき、「ブラウン管の告白」を歌っている一節があった。

続く「ラジオファンタジー」はちょっとサーフインストっぽいオマージュも織り交ぜたスカビートナンバーで、このスカビート導入も一風堂は早かった。
サビで驚きのテクノポップ展開をするこのセンスも土屋昌巳ならではである。

ラストは2ndアルバム『REAL』でもラストナンバーを務める美しいギターインスト「Lunatic Guitar」…今となっては不完全なベストアルバムという評価しかできないのだが、当時あまりに聴き狂ったがために僕の人生に欠かせないアルバムとなってしまった。
50代になった今、聴きたい音楽があるのにどうしても聴けないという飢餓感を憶えることはそうはなくなっただけに、若い頃の切望感と飢餓感を抱いたあの時間がどうにも眩く感じることがある。
そういう意味でも僕にとって一風堂の『LUNATIC MENU』は激しい想い出のアルバムであり、今やこの不完全な内容も満ち足りなかった青春の日々と共に眩く感じてしまうのだ。

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