2023年12月23日、65周年を迎えた東京タワー
なぜこんなにも東京タワーに惹かれてしまうのか…。
周囲はみんな笑うけれど、どうしても眺めるたびに心がぎゅっと苦しくなる。
こんなにも東京タワーにロマンティックを感じてしまうのは、
トレンディドラマの刷り込みだろうかと思ってもみたけれど、
実はそんなに東京タワーが登場したりアイコンになっていたりするドラマは多くはない。
一番出番の多そうな「東京ラブストーリー」だって、
実は東京タワーはオープンニング映像にチラッと一瞬映るだけで物語とは無関係だ。
80年代、90年代を生きてきた、特に地方出身者にとって、
東京タワーは東京の街の象徴である以上に、煌びやかな街を、
そこで生きる人々を見守り続けている存在のように映る。
東京の喧噪――
慌ただしく一日が始まり、決まった時間、
決まった場所へ向かってきょうもまた電車に乗り仕事へ向かう人たち。
一日は振り返る暇もなくあっと言う間に過ぎ去っていく。
けれど,そんな一日だって、けっして同じ一日など存在しない。
過ぎ去っていく日々にふとため息をつく瞬間、東京タワーが視界に入る。
いつもそこに同じようにあるのに、その日の自分の気持ちによってまったく違った光を放つ。
同じライトに見える日なんて一度だってない。
笑顔の日にはキラキラまばゆいほど輝きを放ち、せつない日にはどこか陰がさして寂しげに見え、
悲しみに暮れる日は暖かな光で心を照らしてくれる。
どんなときだって東京タワーは形ない私たちの心を形作ってみせてくれる。
自分だって気づかずにいる自分の心の輪郭を縁取ってみせる。
時にそれは残酷なほど、くっきりと…。
なんて、こんなことを話すと東京の人に笑われてしまうのだけれど…。
21年ぶりに表舞台へ 葛谷葉子アルバム『TOKYO TOWER』
そんな東京タワーLOVERな筆者オススメの作品を紹介したい。
葛谷葉子『TOKYO TOWER』は、まさにそのタイトル通り、
東京の街を舞台にした10曲が収録されている。
1999年、EPICソニーよりデビューを果たしたシンガーソングライター・葛谷葉子。
デビューシングル「TRUE LIES」は全国FMラジオ局でヘビーローテーション、
パワープレイに選ばれるなど、音楽通の間で一気に支持を集めた。
たぐいまれなる音楽センスを持ったR&Bシンガーだ。
そんな葛谷が表舞台を退き、作家活動へと活動の場を移したときは驚いた。
倖田來未、CHEMISTRY、中島美嘉などに楽曲を提供し、
2007年にはBoA「LOVE LETTER」で日本レコード大賞金賞も受賞。
作家となっても彼女の才能に陰りは一つもなかった。
そんな葛谷が、なんと21年ぶりにアルバムをリリース。
『TOKYO TOWER』というアルバムはどの曲も
本当にせつなくなるノスタルジックな名曲が揃っていた。
特にアルバムタイトルと同名のタイトルチューンであり、
2曲目を飾った「TOKYO TOWER」に心を鷲づかみされてしまった。
CD発売ののちに、アナログ盤も発売となり、私は静かに針を落とした。
その瞬間、大好きな東京タワーの光景が目の前にパッと広がったことを、
今でもはっきりと覚えている。
葛谷のせつない歌声が繰り返すサビのフレーズ
東京タワーの灯が消えるまで あなたを待ってあげるから
今夜この灯 消えたなら 私からはもう二度と会わないわ
(葛谷葉子/「TOKYO TOWER」より)
主人公は好きな人に振り回されるような恋をしているのだろうか。
それとも恋人未満で曖昧な恋の駆け引きをせざるを得ない苦しい恋をしているのだろうか。
それとも冷め切った彼の気持ちを追いかけるのに疲れてしまったのかもしれない。
辛い恋の終わりを心に決めた主人公の姿がこのフレーズから推察される。
そして、きっとこのフレーズの絶妙な表現に、恋をしている女性ならばすぐに気づくだろう。
「待ってあげるから」というちょっぴり上から目線なのは、あきらかな女性の強がりだ。
きっと、もっとサパサパと男性を切っていけるような女性なら、「待ってあげたりもしない」だろう。
そしてフレーズは続く
私からはもう二度と会わないわ
(葛谷葉子/「TOKYO TOWER」より)
「私はもう二度と会わない」のではない。「私からは二度と会わない」という主人公。
私から会わないのであれば、〝あなた〟から電話が来れば、主人公はどうするのだろうか…。
このあえて作られた〝隙〟に主人公のどうしようもなく身動きの取れない
〝好き〟の気持ちが痛く苦しいほど伝わってくる。
どうにもならない恋をしている人で、グッとこない女性はいないのでは?
これだけの複雑な恋心を、短い二つのフレーズでドラマチックにそして繊細に描ききる
葛谷葉子の歌詞の凄さに、ただただ脱帽してしまう。
せつなく揺れる恋と消えゆく東京タワーの灯り…
別れられないほどに大好きで、好きだからこそ苦しくて…。
このまま待つばかりの女には、なりたくない。
何より、この恋に未来はない…だから終わりにしたい…だけど…。
そんな揺れる気持ち、せめぎ合いを葛谷のせつない歌声と歌詞が描いていく。
そしてこの曲の中で、東京タワーは恋のカウントダウンの役割を担ってみせる。
消灯する瞬間の東京タワーの瞬間に注目してみつめる人は、そんなに多くはないのだろうか。
なんとも言えないせつなさが胸いっぱいに広がる瞬間を、私はよく部屋から見つめている。
少しずつ少しずつ消えてゆくライトのもの悲しさ。
寂しさを物語るように光の点滅が一つずつ消えてゆく…。
最後にはほとんどの光が消え、東京タワーは静かに眠りにつく。
それはまるで恋が燃え尽きた後、ひとりぼっちで立ちすくむ姿とも重なって見える。
葛谷葉子の「TOKYO TOWER」という曲の素晴らしさはもちろんのこと、
このアルバムを通した葛谷の歌声は揺れる恋心をリアルに表現。
けっしてドラマに入り込むのではなく、俯瞰したところから曲の世界へアプローチしていく。
その絶妙な曲や世界との距離感は、せつなさを増幅させる魔法のようだ。
葛谷葉子のせつなさの中にも凜とした佇まいを持った歌声は、唯一無二だと改めて思う。
きょうもきっと街では東京タワーが行き交う人々の姿を、恋する姿をそっと見守っている。
きょうの東京タワーは、あなたをどんな光で照らしていますか?
【PROFILE】葛谷葉子 YOKO KUZUYA
高校1年より本格的な作曲活動をスタート。19歳の時にオーディションを経て、99年8月エピックレコードよりシンガーソングライターとして、シングル「True Lies」でデビュー。
1stシングルは全国各地のFMステーションでパワープレイ曲に選出され、R&Bシンガーとして多くのリスナーから支持を獲得。
その後、自身の活動を続けると共に楽曲提供もスタート。CHEMISTRYのデビュー曲「最後の夜」、倖田來未「you」、BoA「DO THE MOTION」など数多くのヒット曲を世に送り出した。
R&B楽曲をはじめ、POPSチューン、バラード楽曲など作り出す楽曲も幅広く、また共感を呼ぶ歌詞は多く人の心を掴んで離さない。